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秋田地方裁判所 昭和57年(ワ)567号 判決

原告

松本光吉

被告

合資会社双葉タクシー

主文

一  被告は、原告に対し、金四七四五万八四八六円およびこれに対する昭和五七年一一月二〇日以降右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  第一項は金一〇〇〇万円の限度で仮りに執行できる。

事実

(申立)

第一原告

一  被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する昭和五七年一一月二〇日から右支払ずみまで金五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二被告

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

(主張)

第一請求原因

一  交通事故

1 原告は、次の交通事故により傷害を受けた。

(一) 発生日時 昭和五五年四月一七日午後九時一〇分頃

(二) 発生場所 秋田市外旭川字八幡田五七三番一〇号先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(秋五五あ六五七一―以下加害車という)

(四) 運転者 訴外 高野公雄

(五) 被害者 原告

(六) 態様

右高野は、加害車を運転して前記地番先路上の信号機の設置されていない交差点を中央卸売市場方面から操車場方面に向けて時速約四〇キロメートルで進行中、同交差点に右方から左方に向け時速約五キロメートルで進行してきた原告運転の普通乗用自動車(被害車という)に加害車を衝突させた。

2 被告は、加害車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

二  傷害

1(一) 原告は、右一の事故により、外傷性頸部症候群、両下肢・右肩打撲の傷害を受け、現在に至るも通院加療中である。

(二) 原告は、昭和五五年四月一七日から同年五月二日まで秋田赤十字病院、渡辺整形外科、秋田大学医学部附属病院で診察治療を受けたが、症状は悪化し、同年五月六日より山王整形外科医院に入院したものの、軽快しないまま昭和五六年五月一三日退院し、その後今日に至るまで通院加療を継続しているが、症状改善の見込みはない。

(三) 原告の症状は、右半身の激痛を主体とし、眩暈、悪心等の多彩な愁訴のほか、自律神経の不安定症状を呈し、頸部運動制限が顕著で、かつ体幹の機能障害により歩行が困難で、就労は不可能である。

2(一) すなわち原告の障害は、脳幹部の障害による反射性の交換神経性萎縮症であり、治癒は不可能であり、労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと考えるべきである。

(二) 原告が、本件交通事故により、強い衝撃を受けたことは、他覚的にも、骨に亀裂のあつたことを疑わせる写真のあつたことによつて明らかであるが、原告の今日の障害は、脳幹部の障害によるものと考えるのが合理的である。

(三) そして、原告の症状が快方に向う可能性のないことも、また原告の症状では、軽度な作業に就業することも不可能であることは明らかである。

三  損害

1 積極損害 金九六九万三三八二円

(一) 治療費 金八〇五万五六二円(昭和五九年三月分まで)

(二) 入院諸雑費 金二四万九九〇〇円(入院日数三五七日、一日金七〇〇円で計算した金額)

(三) 交通費 金一三九万二九二〇円(昭和五九年五月分まで)

2 消極損害(休業損害) 金一三六七万四五八七円

原告は、昭和五五年四月一日訴外新潟通信機株式会社(以下訴外会社という)に所長候補(秋田営業所)として入社し、日給八〇〇〇円を得、同年七月一日からは所長として月給金二二万九〇〇〇円を、昭和五六年七月以降は月給金二四万七九〇〇円及び年賞与金六六万九八〇〇円の収入を得られるはずであつたが、本件事故のため、昭和五九年五月末日までに金一三六七万四五八七円の収入を喪失した。

3 将来請求 金七二三一万三二一三円

原告は、本件事故により労働能力を一〇〇パーセント喪失し、かつ、現在の治療を要する状態が今後最低二〇年間は継続するものと認められる。

よつて、将来の治療費及び交通費並びに逸失利益として左記の金額の支払を請求する。

(一) 治療費 金一九六〇万七〇四〇円

120,000円×12月×13.6160=19,607,040

(平均治療月額の範囲内の金額) (20年間の新ホフマン係数)

(二) 交通費 金三〇八万一三〇〇円

620円×365日×13.6160=3,081,300

(バス代)

(三) 逸失利益 金四九六二万四八七三円

3,644,600円×13.6160=49,624,873

(得べかりし年額)

4 慰謝料 金一五〇〇万円

本件事故により、原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰謝料としては、金一五〇〇万円が相当である。

5 損益相殺

原告の蒙つた損害は、右合計金一億一〇六八万一一八二円となるが、原告は、これまで自賠責保険を含め、被告より、左記名下に金一三七二万六六〇八円の支払いを受けているので、これを損害額より差引くと

合計金九六九五万四五七四円となる。

1  治療費 金四九三万六二〇三円

2  諸雑費 金一八万六五〇〇円

3  通院費 金三四万六九八〇円

4  休業損害 金五一六万六九二五円

5  後遺症補償 金二〇九万円

6  その他 金一〇〇万円

合計 金一三七二万六六〇八円

6 弁護士費用 金五〇〇万円

本件の弁護士費用としては、金五〇〇万円が相当である。

7  よつて、原告は、被告に対し、損害賠償として、右金一億一〇六八万一一八二円のうち金一億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年一一月二〇日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

第二請求原因に対する認否

一  請求原因一項は認める。

二  同二項は全部不知。二〇年間、就業不能との点は争う。なお原告の傷害は昭和五七年五月一八日固定している。その後遺症は一二級一二号であり、労働能力喪失率は一四パーセントで、せいぜい一五年間とみるべきである。

三1 同三項1のうち、(一)治療費は金五六二万九五二三円、(三)交通費は金五三万七三二〇円の限度(昭和五七年八月末日までの分)で認める。(二)入院諸雑費は一日金五〇〇円が相当である。その余は否認もしくは争う。

2 同2は、次の点を除き否認もしくは争う。

原告は、訴外会社に所長候補として採用されたと主張するが、実際は、昭和五五年四月一日より臨時雇用員として入社し、日給八、〇〇〇円を得ていただけである。

従つて、所長としての給与や償与金を得られることを前提とした請求は理由がないものである。

3 同3はいずれも否認もしくは争う。

4 同4も争う。

5 同5のうち、支払い分は認める。

6 同6は争う。

7 同7も争う。

第三抗弁

本件事故は、交差点中央付近で、被害車の左側面に加害車が衝突したものであるが、原告側道路は、被告側道路よりもその幅員が狭く、しかも交差点進入直前に一時停止の標識がある。したがつて、本件交差点に進入するについては、加害車に優先権があつたものである。ところが被害車は漫然同交差点内に進入した為に本件事故が惹起されたものであり、その原因は原告の不注意も重なつているものである。よつて、被告は過失相殺の主張をするものである。

第四抗弁に対する認否

一  否認もしくは争う。本件事故の状況は次のとおりである。

二1 すなわち本件事故は、加害車が、被害車後部があと一メートル程で交差点を抜け出そうとした瞬間、被害車の後部に加害車前部右側を衝突させたものである。

2 加害車の進行道路は、中央卸売市場から本件交差点までの幅員は八メートルであるが、交差点を通過後操作場方面への道路幅員は六メートルであつて、原告の進行道路の幅員五・五メートルに比し、明らかに広いと言うことはできず、従つて、加害車に優先通行権は存在しない。

3 また、本件においては、双方の進行道路について道路標識は存在しないが、交差点前に一時停止線が引かれ、原告は一時停止のうえ交差点に進入した。しかるに加害車は一時停止することなく交差点に進入し、本件事故を惹起したもので、原告に過失は存在しない。

4 よつて、被告の過失相殺の主張は失当である。

(証拠関係)

本件訴訟記録中の当該欄記載のとおりなので、それをここに引用する。

理由

一  請求原因一項1、2の事実は当事者間に争いがない。そうすると自賠法三条に基づき、被告は本件事故により原告の蒙つた人身損害を賠償しなければならない。

二  そこで次に本件事故により原告の負つた障害について判断する。

1  いずれも成立に争いのない甲第三ないし第六号証、第八号証、第二六、二七号証、第三八ないし第五四号証、第六一、六二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第三三号証、証人湊昭策、佐藤善政の各証言、原告本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、本件事故により外傷性頸部症候群、両下肢打撲、右肩打撲等の傷害を受けた。そして事故当日から同年五月二日まで秋田赤十字病院、渡辺整形外科、秋田大学付属病院で治療を受けた。しかし症状は好転せず、同年五月六日から右秋田大学から紹介を受けた山王整形外科医院に入院し、そのまま翌五六年五月一三日まで入院し、退院後も現在まで通院治療を続けている。

(二)  その症状は、主として自訴によるものではあるが、多様である。右上・下肢をはじめ、右半身に常時苦痛があり、激しい、耐えられないような痛みがしばしばある。少し使うと右手が腫れてきて、右上腕、肩まで張り、痛みは右腰、右下肢まで拡がり、チアノーゼ様に変色してくる。そして右上・下肢などに時折こむらがえり様の筋けいれん発作まで生ずる。右半身全般に感覚が鈍いが、右のよう腫れたときには痛覚がなくなつてしまう。

右上・下肢に筋力低下、腱反射低下がみられる。また右上肢の挙上・後挙とも制限されている。頸椎は背屈、右回旋に制限が認められる。腰椎も、背屈、右側屈、右回旋とも制限される。胸椎も前屈で第六胸椎に痛みが走る。

排尿時に激痛が走ることがあり、性交能力を失ない、食欲不振が続き、安眠できない。頭痛、歯痛、嘔気、めまい、悪心等が出現する。一〇〇メートル以上の歩行は困難である。

(三)  レントゲン等による諸検査の結果では、頸椎に不安定性が認められるが、前記の症状に見合うような著変は認められない。ただ治療に当つた医師自身右半身の異常、特に右手の浮腫状態はしばしば確認している。

(四)  右の各症状に対して、外科的治療を除き、ほぼ全ゆる治療が試みられた。各種の投薬は勿論、交感神経ブロツク、星状神経節ブロツク、硬膜外ブロツクなど各種の神経ブロツク、神経内科、脳外科、整形外科など各方面の医師から、各種の薬物療法、理学療法また精神科的な治療もなされたがいずれも効果というほどのものはない。

(五)  現段階では、前記の原告の諸症状は、頸椎より上のレベルの障害、具体的には脳幹部の障害からくるのではないかと疑われている。

(六)  原告は、昭和五七年六月三〇日、外傷性頸部症候群による体幹機能障害、歩行困難で、身体障害者等級表三級の身体障害者手帳の交付を受けている。

2  右1の認定事実、前記甲第七号証、証人湊昭策、佐藤善政の各証言、原告本人尋問の結果によると、原告(昭和一四年七月二〇日生)は、本件事故により一〇〇パーセント労働能力を喪失し、その平均余命も勘案すると、その状態は今後二〇年間は継続するものと考えられる。

もつとも前記甲第三六号証、証人湊昭策、佐藤善政の各証言によると、原告の症状は現段階で一応それなりに固定したとせざるを得ないこと、その治療は一応全部盡され、今後治療法の進歩があれば別として、根本的なそれは現段階では見当らないことが認められる。また対症療法が続けられるとしても、前記1冒頭掲記の各証拠から認められるように毎日鎮痛剤を打つような治療が、今後二〇年間続くとは考えられないし、新治療法等の出現や症状の悪化の可能性を考慮するとしても、今後二〇年間の治療費とすると、従前の平均の半分程度を要するものと推認するのが相当であろう。

3(一)  ところで、原告本人尋問の結果によると、長時間ではないとしても原告は現在でも自動車を運転していることが認められ、また原告自身一時間半の法廷での本人尋問に格別の支障なく応じ、毎回のかなりの長時間の期日や大曲市での出張尋問にも立会していることは、当裁判所に顕著である。右のような事実は前記諸症状や各医師の証言とは相容れないようにも思える。

一方事故そのものについても、成立に争いのない甲第二二ないし第二五号証、乙第一ないし第四号証、第六、七号証、第一〇、一一号証、証人高野公雄の証言から認められる、衝突時の加害車の速度(雨天ではあつたが時速約四〇キロメートルで約一〇メートルのスリツプ痕を残して衝突)、その衝突の態様などからして、本件事故により原告の脳幹部に損傷をきたすような衝撃があつたかどうか疑問の余地がないでもない。成立に争いのない甲第三七号証、乙第六、七号証によると同乗者らは原告の障害とは比較にならない程度の傷ですんでいる(この点についての原告本人尋問の結果はにわかに措信できない。)。

(二)  しかしながら、原告を長期間にわたり診察した二人の専門医が、前認定の諸症状や今後の見通し、労働能力の喪失等について一致して同様の証言をしているのであり、右(一)の事情も前記認定を覆えすほどのものとはいえず、他に前記認定を覆えすだけの証拠はない。

(三)  もつとも、成立に争いのない乙第一四号証の一、二によると、原告は昭和五四年一一月から翌五五年一二月にかけて、頸腕症候群等により医師の治療を受けていたことが認められ、また原告のように長期間にわたり重大な障害が生じていることについては、精神的因子も無視することができず、右半身の痛みの発現そのものにしてもそうした要因と無関係でないことは、前記二人の医師も証言するところである。けれども前記1で認定した諸症状、右(1)冒頭掲記の各証拠、特に前記甲第三号証、第八号証、第二六、二七号証、第三六号証、証人湊昭策、佐藤善政の各証言を総合すると、原告は事故直後から多様な症状を訴え、種々の治療にも拘わらずむしろ症状は悪化し、医師として断定はできないが脳幹部のなんらかの障害を疑うまでに至つていることが認められるのであり、本件事故と原告の現段階での障害は相当因果関係があるものと認めざるを得ない。

三  損害

1  積極損害

(一)  治療費 金八〇五万五七二円

(1) 昭和五七年八月末日まで金五六二万九五二三円を要したことは当事者間に争いがない。

(2) さらに昭和五七年九月一日から昭和五九年三月末日までの分として、前記甲第三八ないし五四号証、第六一、六二号証によると、別表のとおり、総計金二四二万一〇四九円を要したことが認められる。

(3) 以上合計 八〇五万五七二円

(二)  入院諸雑費 金二六万一一〇〇円

前認定のとおり、原告は昭和五五年五月六日から同五六年五月一三日まで三七三日間入院したことが認められる。入院中の諸雑費として一日金七〇〇円は要すると認めるのが相当であるから、その合計は金二六万一一〇〇円

(三)  通院費用 金九一万五三二〇円

(1) 昭和五七年八月末日までの通院費が金五三万七三二〇円を要したことは当事者間に争いがない。

(2) 原告は、昭和五七年九月から同五九年五月までの分として金八五万五六〇〇円を要した旨主張する。その明細、計算の根拠は明らかではないし、それに見合う書証等も提出されていない。原告本人尋問の結果によると、山王整形外科医院もしくは中通病院まで自分の自動車で行つたり、タクシーで通院したりしていたとのことであるが、また一方ではタクシー券(割引券か?)を被告から受領していたようにも述べる。しかしいずれにしても相当額の費用を要したものと推認されるところ、原告本人尋問の結果によると、ときには夜間タクシーで診察・治療を受けに行つていることが認められ、かつ前記甲第一七ないし第二一号証、第三八ないし第五四号証、第六一、六二号証によると、原告は山王整形外科医院のみでもほぼ毎日通院していたことが認められるのである。そうするとその通院交通費として弁論の全趣旨から認められるバス代往復六二〇円を基準として、少なくとも一ケ月金一万八〇〇〇円程度は要するものと認めるのが相当である。よつて昭和五七年九月から同五九年五月までの分として、二一ケ月に要する通院交通費は金三七万八〇〇〇円となる。

(3) 合計金 九一万五三二〇円

(四)  以上合計は金九二二万六九九二円となる。

2  消極損害 金一二二四万六〇〇〇円

(一)  原告が、昭和五五年四月一日訴外会社に入社し、同年六月三〇日まで日給金八〇〇〇円で雇用されていたことは当事者間に争いがない。前認定のとおり同年四月一八日から同六月三〇日まで原告は本件事故による傷害のため休業したことが明らかである。一ケ月二五日間働くとして、成立に争いのない甲第一〇号証によると、同年四月は一三日間働いたことが認められるので、四月中一二日、五、六月各二五日として六二日間、その休業損害は合計金四九万六〇〇〇円

(二)(1)  次に原告は所長候補として訴外会社に入社したものであり、昭和五五年七月一日からは秋田営業所の所長に就任していたから、その地位に伴なう月給を得た筈であつたと主張する。原告本人尋問の結果にはそれに沿う供述があり、かついずれも成立に争いのない甲第五五ないし第六〇号証によると、原告は車両整備その他について特殊技能を有していることが窺える。しかし右営業所長のポストは主にセールスマンなどとしての手腕の有無によつて、就任もしくはその地位に長くとどまれるかどうかが決められるものと思料されるところ、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一二号証の一、二によると、前記各証拠にも拘わらず、原告が訴外会社の秋田営業所長に就任し、長期間にわたりそれを勤めることができたかどうかについては疑問を抱く余地がある。その他本件全証拠によつても、原告の主張する事実を認めることはできない。

(2)  しかしながら前記技能の点などからみても、原告が少なくとも秋田県における同年輩者の平均賃金と同額程度の収入は得られたものと推認される。昭和五五年度賃金センサスによると、同年の秋田県における男子労働者の四〇歳から四四歳までの平均給与は年間金三〇一万四一〇〇円と認められるので、原告は昭和五五年七月一日から同五九年五月末日まで四七ケ月間、年間金三〇〇万円の所得を喪失したとするのが相当である。そうすると、その合計は金一一七五万円となる。

平均給与計算式 201,600×12+594,900=3,014,100

休業損害計算式 3,000,000×47/12=11,750,000

(3)  よつて休業損害の合計は金一二二四万六〇〇〇円となる。

3  将来請求 金四八二三万円

(一)  治療費 金九八〇万円

前記二項2の認定どおり原告は今後二〇年間にわたり現在の二分の一程度の治療費を要すると認められるところ、前記三項1(一)を総合するとその費用は、昭和五九年三月まで一ケ月金一二万円を下廻わらなかつたものと認められる。新ホフマン係数を使用して計算した結果に基づき、その合計は金九八〇万円と認めるのが相当である。

120,000×1/2×12×13.616=9,803,520

(二)  交通費 金一〇二万円

原告は二〇年間毎日通院することを前提として、通院交通費を請求するが、二〇年間の平均とすると、その通院回数は一ケ月に一〇日程度と認めるのが相当である。そうすると年間平均一二〇日として、前記三項1(一)の(三)で認定した事実を考慮し、その合計は金一〇二万円と認めるのが相当である。

計算式 620×120×13.616=1,013,030

(三)  逸失利益 金三七四〇万円

前認定のとおり原告は年間金三〇〇万円の収入を得たであろうと推認すべきであるが、前記賃金センサスによると、原告の属する四〇歳から四四歳の層は、最も収入の高い階層であることが認められる。したがつて逸失利益の計算に当つては、ライプニツツ指数(二〇年に対応する分として一二・四六二)を用いる。その計算の結果を参考にして逸失利益は金三七四〇万円と認めるのを相当とする。

計算式 3,000,000×12.462=37,386,000

(四)  以上合計は金四八二二万円である。

4  慰謝料 金一二〇〇万円

前認定の原告が本件事故により受けた傷害の程度、その後の治療の実状、その後遺症の実体、労働能力喪失の程度、今後の右障害治療の見通し等のほか、原告本人尋問の結果から認められる原告の年齢、家族構成等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故により蒙つた精神的苦痛を慰謝するための金額は金一二〇〇万円とするのが相当である。

5  以上合計金八一六九万二九九二円となる。

四  過失相殺

1  本件事故現場付近の道路の状況等

前記甲第二二ないし第二五号証、乙第一、二号証、第一〇、一一号証、証人高野公雄の証言、原告本人尋問の結果ならびに一項掲記の争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は交差点であるが、加害車は中央卸売市場から秋田駅操車場方向へ、一方被害車は在家方面から原告の自宅へと進行中であつた。加害車の進行道路は幅員八メートルあるが右交差点を通過するとその幅は六メートルと狭くなる。一方被害車の進行道路は幅員約五・五メートルで交差点を通過すると間もなく右道路は行き止まりである。なお加害車の進行した道路の方が、一般的にははるかに車両の交通量は多い。もつとも当時は夜間でもあり、車両の通行はあまりなかつた。

(二)  双方の進行方向とも交差点の直前に停止線が引かれている。加害車進行方向は関係車以外左折禁止であり、一方被害車進行方向は関係車以外直進禁止である。速度規制等はないが、双方の進行方向からみて左右の見通しは悪い(もつとも前方のそれは極めて良い。)。特に加害車と被害車とは、高さ一・四メートルのブロツク塀が双互の視界を妨げ、交差点の直近まで進行しないと、互いに相手車両が見えない。

(三)  現場付近の道路は双方とも舗装され、平坦であつたが、事故当時は雨が降り、道路は湿つていた。

なお原告も加害車の運転手の訴外高野公雄も本件事故現場を何回も車両で走行し、その道路状況等を熟知していた。

2  事故の態様

(一)  右1冒頭掲記の各証拠によると、本件事故の態様について次のとおり認められる。

(1) 被害車は、交差点にはいるにさいし、一時停止し、左右の安全を確認し、左方から加害車が前照燈を上向きに点燈したまま進行して来るのを認めたが、停止線で一時停止するであろうと考え、そのまま発進して交差点を通過しようとした。

(2) 一方加害車はタクシーであつたが、日頃の交通量からしてもまた前記直進禁止の趣旨からしても、交差点を左右から直進して来る車両はないと考え、徐行もしないで時速四〇キロメートル位でそのまま通過しようとした。そして交差点内約一七・五メートル位前方に被害車を認め、急ブレーキをかけたが、約一〇メートルスリツプし、被害車の左側中央よりやや後部あたりに衝突した。衝突位置は道路中央線より加害車進行方向からみてやや左側位の場所である。

(二)(1)  原告は衝突場所や、被害車両の接触された箇所などについて種々主張し、被害車が交差点を通過してしまう寸前にその最後部に加害車が激突したように主張する。原告本人尋問の結果のうちには、そのような趣旨のことを繰りかえし供述している部分があり、また右本人尋問の結果によると、本人が作成したと認められる甲第三二号証、第三四、三五号証、また右結果および弁論の全趣旨によると原告と加害車の運転者高野公雄との本件事故等についての会話を録音したテープと認められる甲第二八号証等を提出する。

(2)  しかしながら、前記1および2の(一)の認定事実に、前記甲第二五号証により認められる、両者の衝突位置はスリツプ痕(それはほぼまつすぐに記入されている)から明確であり、かつ現場に両車両ともそのまま残されていたのであるから両車の衝突箇所も明らかだつた筈であること、被害車進行方向の停止線から衝突地点までの距離は実況見分に当つて最も重要な点の一つであつて、調書上も明確に残されていること、また対向車の少ない夜間の道路を時速四〇キロメートルで進行するのであれば通常は中央線寄りを進行することなどの事情に、前記甲第二四、二五号証、乙第二号証、第一〇、一一号証、証人高野公雄の証言などを対比すると、原告の前記主張は採用できないし、他に原告の主張を裏付けるだけの証拠はない。

3  以上1、2に述べたところからすると、加害車の進行道路は優先道路ではなく(明らかに広いとは云えない)、訴外高野には左右の見通しの悪い交差点で、夜間しかも雨中で徐行を怠たり、安全確認をしないでこれを通過しようとした点に過失があるのは明らかである。

一方原告も、加害車の進行状況、特に速度に注意せず漫然加害車が停止するものと信じて交差点を通過しようとした点に過失があり、しかも優先道路ではないが加害車の進行する道路が被害車のそれよりはるかに交通量は多く、かつ被害車の進行方向に交差点を通過する車両は特に少なかつたこと、加害車が左方からの進行車で優先車両であること(道交法三六条一項一号)、また被害車が安全確認をしたとされる位置から加害車の進行状況は良く観察できるが、反面加害車から右被害車は発見しにくかつたことなどの事情を勘案すると、前記原告に生じた損害のうち被告側に負担させるのは、その七割とするのが相当である。

4  右割合で前記損害を過失相殺をすると、結局被告の負担すべき損害賠償額は金五七一八万五〇九四円となる。

五  損益相殺

原告が本件事故による損害の填補として、自賠責保険等から金一三七二万六六〇八円を受領していることはその自認するところであるから、前記損害から右金員を差引くと、残額は金四三四五万八四八六円となる。

六  弁護士費用

原告が弁護士を委任して本件訴訟の追行に当らせたことは、本件訴訟の経緯からして明らかであり、本件事案の性質からして、そのことは止むを得ないと認められるところ、右認容額等を考えると(訴状送達日に支払われたものとして請求している点を考慮しても)、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は金四〇〇万円と認めるのが相当である。

七  むすび

よつて、原告の請求は、金四七四五万八四八六円、およびこれに対する本件事故後の日であることの明らかな昭和五七年一一月二〇日(訴状送達の翌日)以降右支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木経夫)

別表 治療費明細

〈省略〉

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